『トイレのドアを開けたらそこは大草原』でサブカル!

村人の夢

 

 


男はトイレにいる。


毎朝、決まった時間に朝食を食べ、決まった時間にトイレに入るのだ。そのルーティンをこなして会社に行く。

しかしそのルーティンに変化が訪れた。

トイレから出ることにした男はドアを開ける。すると、そこは見覚えのない光景であった。


いつもの部屋の間取りと明らかに違う。ここは一体何処なんだ。出て左にシャワールームがあるはずなのに、左には大きな玄関へと続く廊下がある。

男は当然のように混乱し、パニックに陥った。すると後ろから声がした。


「どちら様ですか?ご予約の方でしたらお名前をお伺いしてもよろしいでしょうか」


女将と呼ぶのが一番相応しいだろう身なりの女性がそう尋ねる。どうやらここは旅館らしい。


自分の部屋のトイレに入り、ドアを開けたら何処かの旅館に来てしまったわけだ。まったく理解できない現象だ。

にもかかわらず、男は思いの外冷静に答えた。

「いえ、トイレだけ借りさせてもらいました。失礼しました」

男は足早に玄関の扉を開けた。すると、そこは自宅のトイレだった。


「おいおい。どうなってやがる。今のはなんだったんだ。それよりもやばいぞ。仕事に遅れちまう」

男は腕時計を確認した。しかし、時間は男がトイレから出ようとした時とほぼ同じだった。

「時間が経ってないのか...。ああそうか、きっと俺はトイレの中で寝ていたのかもしれない。ああそうだ。きっとそうに違いない」

そんなわけはないと理解しながらも、男は自身を落ち着かせるため、そう言い聞かせた。


男は再びトイレのドアを開けた。するとそこは大草原であった。


勘弁してくれよ。どうなってるんだ。男の頭の中は大混乱である。


草原を彷徨い歩く。どこかにトイレに戻る出口があるはずだ。次第に村が見えてきた。疲れた男は村に着くと、倒れこんだ。


「俺は今トイレの中にいるのか、それとも外にいるのか。どっちなんだ」


「何を言ってらっしゃるの。ここはトイレではないわ。小さな農村よ。あなたは旅人さんのようね。とても疲れているみたいだわ。私の家に泊まっていきなさい」


突然そう声をかけてきた女性はとても美しく、男は一目惚れしてしまった。それからというものの男はここが何処なのかなどどうでもよくなり、村での生活に馴染んでいった。


男手が不足していたこの村において、男の働きぶりはとても助かるものだった。

次第に男が一目惚れした女性との仲が発展し、結ばれた。そして子供が3人でき、一家の大黒柱として今日も畑仕事をしていた時のことだ。


男は目の前に黒い渦のようなものがあることに気付いた。

男は怖いもの見たさでその渦に手を触れてみた。

すると、一瞬で吸い込まれ自宅のトイレに戻ってきた。

気付いたら便座に座っていたのだ。


何年ぶりの帰還だろう。もはや男にとっては村での生活がメインになっていた。家族ともう会えないということを考えると涙が止まらなかった。


男は時間を確認した。しかし、こっちに来る前の時間など覚えていない。その行為は無意味だったのだ。


男はトイレのドアを開けるのが怖くなった。次何処に連れて行かれるかまるで分からないからだ。

突然、トイレの外でばたばたと騒がしい足音が聞こえた。どうやらこちらに向かっているらしい。足音が止んだと同時にドアの外から激しいノックが始まった。

「ここにいるんでしょ、開けなさい。どうして...。なんでなの...」

「お母さん、落ち着いてください。もう随分と時間が経っています。残念ながら息子さんは生きておられないでしょう。ドアを壊しますので、下がっていてください」


男はドアの外の会話を聞き、何やら大変なことになっていることに気付いた。あれは間違いなく母の声だ。とりあえずドアを壊されそうだ、開けなくてわ。

男はそう考えドアノブに手をかけた。しかし瞬間、男の頭に一つの考えがよぎる。

「待て。今までは自分で開けて見当違いな所に行く羽目になった。向こう側から開けてもらえば自宅に戻れるのではないか」


「えっ...。声がするわ。生きてるのね...。生きてるんでしょう...」


「ああ生きてるよ。鍵を外したからドアを開けてくれ母さん」

母は言う通りにドアを開けた。男は開かれたドアの向こうに母と、おそらく役所の者であろう男がいるのが見えた。


どうやら自宅と繋がったらしい。


二人の顔は少しばかり、有り得ない状況を見た恐怖のようなものに包まれていた。


男はリビングの方に歩いて行き、机の上に置いてあった携帯電話を開いた。


20XX年。男は2年経っていたことに気付いた。


男は家族と殆ど口を聞いていないような関係であったのだ。半ば強引に家を出た男は一人暮らしを始めたが、唯一仲の良かった母とだけは連絡を取り合っていた。


しかし、その連絡が急に途絶え母はとても心配した。

男はヨーロッパに住んでいた。そう簡単に来れる距離ではない。


母は元気でやっているだろうと信じていたが、やはり心配になりヨーロッパにある男の家まで来たのだ。

しかし、カレンダーが2年前ということ。机の上にある携帯電話がかなり古いモデルであったこと。また、トイレのドアが閉まっていたことから男が自宅のトイレにずっと閉じ込められていたのではないかと推測したのだ。


ほとぼりが冷めたある日の朝、男は会社に行く途中黒い渦に吸い込まれた。

 

 


気付いたら畑の上にいた。

 

 


どうやら男は眠っていたらしい。

 

 

随分と長い夢を見たな。家には妻と子供たちが待っている。

 


今日はもう帰ろう。