『押すだけでストレスが解消されるボタンの話』でサブカル!

ストレス解消ボタン

 

 

男はストレスが溜まっていた。


齢は30後半。上役と若手の板挟み、いわゆる中間管理職のような立場にいた。

上役からは無理難題を押し付けられ、若手からは現場の文句を受け付ける。

男は非常にストレスが溜まっていたのだ。


ある夜、仕事帰りに馴染みの居酒屋に寄った。常連ゆえに話しが弾む店主に自身の置かれている状況を話してみた。

「そうかい、それはストレスが溜まるだろうね。そういや昨日少し変わったお客さんが来てね。あれはまだ20代だろう。彼はこれまた変わった研究をしているらしいんだ。名刺を貰ったから、息抜きに見学でもしてきたらどうだい」


店主も変なことを言う。その変わった研究の社会科見学が息抜きになるとでも言うのか。まるで腑に落ちない。しかし、男はそうした巡り合わせを無下にしない性分であった。


次の休日、男は店主から貰った名刺に連絡してみた。柔らかい声音の女性が出た。研究を見学したいと話したら驚くほどすんなりと承諾された。
男は支度をして少しばかり離れた研究所へ出掛けた。研究所に着くと、門の所に青年がいるのが見えた。門の前まで来ると、青年は破顔して笑みをこぼし、見学の方ですかと問いかける。


男は研究所を1時間かけて周った。最後の一室で、その青年研究員の顔に少しばかりこわばりが見られた。


「ここが最後の部屋になります。ここにはまだ世に出ていない製品が置いてあります。せっかくの機会なので触れて確かめてみてください」


青年研究員は片手に収まる、四角い画面の端末を渡してきた。非常にスタイリッシュなデザインで、新型のスマートフォンかと見紛う。

「こちらの端末にはある機能が備え付けられていまして...。実は、この端末でストレスをなくすことが出来るのです。操作は簡単、現在画面に表示されているボタンを押すだけ。すると、たちまち体内に蓄積されたストレスが消えてなくなるのです。どうですか?試してみますか」


研究所を出た男のポケットには、ストレスを消せる端末が入っている。


月曜日、夕方の会議において上役から現場の若手の不手際を指摘され、叱責をくらった。何で俺が怒られなきゃならないんだ。男のストレスは限界に来て、爆発寸前であった。


男はポケットの中でストレス解消ボタンを押してみた。


すると、たちまち男の思考がクリアになり、激昂した感情は何処かに消え去り、とても清々しい気分になった。

男は冷静に謝り、現場の状況と今後の改善策を理路整然と上役に提案出来た。

男はそれから、ストレスを感じる度に解消ボタンを押すようになった。今まで、ストレス解消の為に通っていたスポーツジムも退会した。禁煙にすら成功した。男にはこの端末一つで事足りるのだ。

仕事以外でも夫婦喧嘩でイライラした時、道端でガムを踏んだ時でさえ解消ボタンを押すようになった。男はありとあらゆる生活の中の憤りをボタン一つでなかったことにした。


男はこの端末をくれた青年研究員に使い心地を逐一メールで知らせた。それがタダで使う為のルールだったからだ。

ある日研究所から電話が入った。青年研究員は電話口でこう話す。


「使い過ぎです。サーバーがパンクしそうだ。ホストコンピューターが機能不全になれば、大変なことになりますよ。ちょっとしたことでは使わないでください」


男はそれからなるべく些細なことでは使わないように努めた。しかし、今までは何でも解除ボタンにストレス解消を任せていた為、少しのことでもイライラしてしまうようになった。

男は我慢出来ず、また些細なことにもボタンを使うようになってしまった。こんなに素晴らしい端末を作れるんだ、そうそう壊れることなんてないだろう。別に死ぬわけじゃあるまいし。


ある日、青年研究員から電話があった。

「サーバーがパンクしました。ホストコンピューターも故障しています。私は警告しました。契約書類の通り、こちらで責任を取ることは出来ません。申し訳ありませんが手遅れです。コンピューターが火を噴きそうなので主電源を切らせていただきます」


10秒ほど経つと、男は全身が硬直した。全く身体が動かない。頭の中に今まで感じたストレスシーンが連続的に流れ出した。物凄い激痛。頭を抑え蹲るもすでに遅し。男はそのまま死んだ。
顔は抜け殻のように生気を失っていた。


その頃、研究所では青年と投資家が話していた。

「失敗に終わったようだね。原因は一体何だったんだ」


「申し訳ございません。男がストレス解消ボタンを押す度に、そのストレスがこちらのホストコンピューターに蓄積されていきます。よって今回は蓄積された男の今までの全ストレスが逆流したというのが正しいかと」


「なるほど、まだ改善の余地はありそうだ。あの居酒屋の店主は顔が広い。新たなストレス患者を教えてもらおう。とりあえずこれを持って店主の所に行ってきなさい」

 

青年研究員は100万を持って居酒屋に向かった。