『お金が減らない財布の話』でサブカル!

無限財布

 

 

男は勤め人である。

 

昼休憩、いつもと同じように近くの喫茶店でランチを食べた。会計の時、馴染みの店主に今日のオムライスも絶品だった旨を伝え、財布から千円札を出した。

 

確認した財布の中身は、ざっと見るに千円札が9枚はあるように見えた。男は財布の中身において札が一枚も無くなった時のみ、銀行から金を引き出す。しかしまだ余裕がある。

 

翌日、翌々日も冒険心のない男はいつもの喫茶店でランチを食べていた。会計の時、財布を見るにまだまだ札の数には余裕があるように見えた。店主と二、三会話を交わして店を後にする。

 

彼がこの喫茶店でよく食べるのはオムライスかカレーライスだ。どちらも680円である。

男は小銭の余裕があっても、千円札を一枚出す癖があった。5日間の昼休憩で千円札は5枚財布から消え、小銭のポケットには硬貨が溜まるはずだ。しかし、男の財布は、ざっと見るに9枚は千円札があるように見えた。

 

男は実家暮らしの青年であることから、少しばかり金銭の管理には無頓着な節がある。その為、男が財布の違和感に気付いたのは5日間の昼休憩を繰り返した土曜日のことだった。

 

男は休日には少しばかり洒落たアンティーク雑貨に囲まれたカフェで読書をする習慣があった。そのアンティーク雑貨は店主が外国から仕入れてきたものだ。ゆえに販売もしている。

 

男はたまに気に入った雑貨を買うことがあった。目についたのは、一見ガラクタと見紛うようなロボットの道化であった。男は店主に値段を聞いた。1200円。

男は実家暮らしゆえに金の余裕があり、こうした些細な道楽的支出を繰り返すことが多い。男は財布を取り出し、中身を見た。そこには、札がざっと見るに9枚はあった。男はまだ余裕があると思うだけではなかった。

やっと、自身の財布に起きた奇妙な現象に気付いたのだ。財布から札が減らない。男は狼狽し、ガラクタの道化を買うのを辞した。席に座り、本を再度開くも文字は理解の壁を超えることはない。男は平然を装い、読書をしている体裁を保ちながら心の中で狼狽えていた。

 

男の財布はいつからか金が減らなくなったらしい。男はその夜一睡も出来なかった。

しかし、それから1ヶ月が経つ頃男の様子は様変わりしていた。会社を辞めたのだ。

 

男は毎日を自由に過ごした。馴染みのバーではチップを存分に出し、夜の遊びも増えた。

 

男は自身の財布を無限財布と名付けた。

 

この財布には特徴がある。ざっと見るに9枚は千円札がありそうだが、札を数えようとすると途中から頭の中が混乱して数えられなくなるのだ。ゆえに財布の中にはいくら入ってるか分からない。

 

しかし、ざっと見るに9枚しかない為、それを超える買い物は躊躇われた。しかし、男はそれで良かった。男は大きな買い物に興味がなかったのだ。ちまちまと9枚以内に収まりそうな散財をしているだけでも、満たされた。

 

男は少しばかり歳をとった。結婚や子供を持つ友人が増えた。次第に男は自分も結婚をして家庭を持ちたいと思うようになった。しかし、男は仕事をしていない。無職の男は女性に振り向いてはもらえなかった。

 

男は次第に財布を憎むようになった。この財布さえなければ、仕事を辞めることもせず、今頃は少しは出世して家庭を持てたかもしれないのに。男は財布の力に依存して自由な日々を過ごした結果、歳を増すことによって出てくる新たな欲に対応することが出来なかった。

 

男はこの奇妙な財布のことを誰にも言うことは出来なかった。男はついに無限財布を捨てることにした。

 

男は中々雇われず、馴染みのバーで手伝いをすることにした。バーの店主とは自然と何でも話し合える仲となった。バーテンという職業がそうさせているのか、彼の人柄ゆえなのかは分からない。

 

男は店主に奇妙な財布の話を打ち明けた。すると店主はポケットから見覚えのある財布を取り出した。それは紛れもなく男が捨てた無限財布であった。

 

店主はこの財布を拾い、男同様その魔力に取り憑かれ仕事を辞そうと考えたいたらしい。男は慌ててそれを阻止しようとした。おそらく店主も男の様に、痛い目を見るに違いないと思ったからだ。

しかし店主は結婚をして子供もいた。そして妻も無限財布の存在を許容したらしい。店主は男とは違っていた。

 

店をたたむ日、店主は男がかつて無限財布から払っていたチップを全て、男に返した。男は多くの千円札を抱え職を失った。

 

男は実家を出て、初めて金銭について真面目に考えた。

 

20年後、男は職を持ち家庭の為に堅実に働いていた頃、ある知らせを聞いた。

 

 

 

 

どうやら店主は病で死んだらしい。

 

 

 

 

 

 

 

店主の家庭には無限財布だけが残ったようだ。