『何を10年続けるかは割と重要』でサブカル!

『続けること』が何よりも大事なことだと思う。

 

 

英語とか全然話せなくても、10年継続して勉強すればそれなりに話せるようになるだろうし。

 

 

仕事に関しても10年勤めてれば、色々なことに気付けるようになるだろうし、最初の頃に難しかったことがすんなり出来るようになると思う。

 

 

ギターも10年練習したら結構なレベルになるんじゃないかな。

 

絵だってそう、才能なくて下手でも10年続けたらそれなりに描けるようになると思うんだよね。

 

小説も10年書き続けていれば、どこかに引っかかるんじゃないかな。甘いかな。

 

 

まあ、なんでも10年続けたら素人の域は軽く超えて充分に熟練者と呼べるレベルになれると思うんだよね。

 

 

けれど、なんにも考えずにただ続けてるだけじゃ徒労になりかねない。試行錯誤は欠かせない。

 

ちゃんと情報収集してトライアンドエラーを繰り返して10年間続けたら、その道のプロになれると思う。

 

 

けれど、何かを続けるっていうのは結構難しい。

特に最初の飽きが来た時は試されてると思った方がいい。

 

大抵のことは飽きちゃうと思うんだよね。そこで辞めてもいいんだろうけど、続けたらまた新たな境地に行ける筈なんだよ。

 

 

僕は正直、ブログを書くことに飽きが来ていることを自覚している。

いつも書きたいことを書いてる気がしないし、方向性も誰に向けて書いているのかも明確じゃない。

ただ続けることに主眼を置いて試行錯誤を放棄してる節がある。

 

正直、駄文を毎日綴って何か報われることがあるのかと考えると甚だ疑問である。

 

僕はブログ以外で140字以内のツイッター小説を1年以上続けている。

これすらも今では正直惰性で続けている。

 

なら辞めればいいのにと思うのだけれど、ここまで来ると辞める方が精神的に難しくなるのだ。

 

 

つまり、歯磨きや入浴とまでは行かないけれど日常に落とし込むことに成功したということである。

 

物事を続ければいずれ飽きがくる。それを乗り越え、ずっと続けると知らぬうちに習慣となり辞めるに辞められなくなるのだ。

 

僕は日記を大学2年からずっと続けているが、これに関してはもう辞める気がおきない。

こればかりは歯磨きと同じレベルだ。

書いてないとなんとも気持ち悪いのだ。

 

 

物事を続けるのは容易ではないが、いずれ習慣になれば辞められなくなる。故に続く。この域に行くまで続けられるかどうかに懸かっている。

 

 

けれど、惰性で続けことがいいとも思えない。ここで試行錯誤を終始行えるかどうかも重要である。

 

 

ただ、何でもかんでも続けていいことはない。10年間ひきこもっていても、10年間ひきこもるとはどういう気持ちになるのかを知るだけである。

 

ひきこもりつつもネットでビジネスをしていたなら話は変わるかもしれないけれど、怠惰にひきこもっていても何も身につかないだろう。

 

 

とにかく、10年間何かを続けてみるのはどうだろう。

試してみてすぐ辞めちゃってもokである。こういうものなんだなというのが分かるだけでも御の字だ。

 

 

僕はギターは続かなかったけれど、日記やツイッター小説は続いている。

 

 

何が続くかはやってみないと分からないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自分が興味のあること、勉強したいこと、身につけたいことを10年間続けてみよう。