『昨晩見た恐ろしい夢の話を聞いてくれないか』でサブカル!

昨晩は恐ろしい夢を見た。

 

 

複数人の男女で大規模な、目的を持って様々な土地を廻りゴールを目指すという冒険型イベントみたいなものに参加していた。

 

 

 

そのイベントの概要は不明であり、鮮明に記憶にあるのは冒険終盤中の終盤の頃である。

 

 

複数人で行動していたことは確かだが、話をしていたのは2人ぐらいだろうか。

 

 

1人は髪の毛が明るい茶色であり、いわゆるチャラ男と形容されても仕方ない容姿をしていた。

しかし、彼の内面はとても優しいものであり、またとても明るく話しやすい印象であった。

 

 

もう1人は女の子である。同年代ぐらいであり、とても顔の色が白く黒髪で綺麗と形容されるであろう容姿をしていた。

 

 

もしかしたら複数人というよりは、僕を含めた3人で行動していたのかもしれない。

夢の為記憶が曖昧である。

 

 

ゴールは高円寺駅から自転車をレンタルして行けるようになっていた。

 

 

自転車をレンタルする所で外国人に出会った。おそらく僕の仲間である黒人の若者が、彼に英語で話しかけた。

何故か「君はゲイ?」と聞いていた。彼は「ああゲイだよ」と答えていた。

 

 

この会話に深い意味はなさそうだ。この先に凄惨な事件が待っているのだ。

 

 

僕たちはゴールに辿り着いた。ゴールは公園のような場所とも言えるし、体育館にパーテーションを置いて部屋を区切った空間とも言える。

 

 

明らかに相違したイメージであるが、おそらくどちらかだけでなく二つの空間が混じり合って存在していたのだろう。

 

 

 

場面は、jeepとまではいかないが、悪路も進んでいけそうな形をした大きめの車と、その周りで散り散りに談笑する人たちという光景になった。

 

 

 

僕は散り散りと談笑する人たちの1人であった。すぐ真横には大きめの車がある。その中には先程書いた綺麗な女の子がいたのだ。

 

 

 

何故、彼女が車の中にいたのかに大きな意味はなさそうだ。

 

 

 

突然であった。唐突に起こったその事象は、ゴールで談笑する人間たちを恐怖に引きずり込むのには充分であった。

 

 

 

 

 

 

 

その事象は車の大爆発である。

 

 

 

 

 

 

 

 

爆発の瞬間に周りの人たちは危険を感じ、本能で素早く動いた身体に助けられ、無事に逃げていたように思う。

僕も背後で起こる大爆発に恐れ慄きながら、懸命に逃げた。

 

 

  

 

身体は無事のようだ。上手く逃げられたみたいだ。

しかし、次に頭に過るのは車内にいた仲間である女の子のことであった。

 

 

 

 

夢から醒めたら彼女は赤の他人であるが、夢の中では共にイベントを乗り越えた仲間なのだ。

 

 

 

僕は大爆発で彼女が確実に死んだことを感じた。

 

 

 

 

夢の世界であるのに彼女が実は生きていたという、奇天烈な展開はなかったようだ。

 

 

 

 

大爆発で死んだはずなのに、身体は原型を留めていた。

 

 

 

 

彼女の死体は綺麗過ぎて逆に不気味だった。

 

 

 

 

けれど、僕はとても恐怖を感じたし悲しかったのだ。

そしてもう1人のいわゆるチャラ男と形容されてもおかしくない、夢の中の友人を心配した。

 

 

 

彼も車のすぐ近くにいたのだ。

 

 

 

 

僕は死体の女の子よりも彼の方がよく話していたし、夢の中でも鮮明さが上回っていた為、とてつもなく心配した。

 

 

 

 

僕は彼を探しまわる。必死に。彼が生きていることをただ願って走り回った。

 

 

すると、誰かが彼をトイレの中で発見した。

僕は見ていないのだが、彼はとても凄惨な状態で死んでいたようだ。

 

 

 

死因は、トイレも爆発源である車と近距離であったため、巻き込まれたと思うのが自然である。

 

 

 

別に死因などはどうでもよくて、僕はただただ悲しかった。

夢の中で軽い吐き気すら感じた。

とても仲の良い友人が急に死んだのだから当然だろう。

 

 

 

もちろん、彼のことなど夢から覚めたら赤の他人である。知人の顔であったわけでもない。

 

 

けれど、もう一度言うが彼は夢の中では仲間であったのだ。

 

 

 

 

泣き崩れ、「保健センター」なる所に辿り着いた。

 

 

 

そこには高齢のおばあさんたちがパイプ椅子に座っていた。皆んな泣いていたのだ。

おそらく、2人の若者の死が原因だろう。

 

 

 

その保健センターには医師か看護師かは知らないが、女性が1人いたのだ。

 

 

 

彼女はこう言った。この言葉がとても印象的であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『べつに大したことじゃないわよ』

 

 

 

 

 

 

大したことじゃない?人が2人死んでるんだぞ。どうしたらそんなことが言えるんだよ。

 

 

 

夢の中で僕は憤りを感じながら、泣いているおばあさん達に慰められていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夢から覚めた。

 

 

僕はとても気分の悪い夢を見たと思った。

夢の中であっても、人が爆発で2人死ぬなんて最悪である。目覚めも最悪だ。

 

 

 

 

僕は『死体』や『爆発』といったキーワードで夢占いをググった。

 

 

 

得られる結果は吉報の予兆とも取れるし、不運の来訪とも取れるものであった。

 

 

 

どちらにせよ、何かしらの変化が訪れる時期らしいと感じた。

 

 

 

 

しかし、僕はこの二つの夢占いの結果より「保健センター」で言われた女性からの言葉が引っかかっていた。

 

 

 

 

そう、あの言葉は僕の最近の死生観と軽く一致していたからだ。

 

 

人が死ぬことは大したことじゃないだなんて思ったことはない。

 

けれど、「人生に生きる意味なんて存在しない」と考えていたのは確かだ。

何故なら、人が生きる意味を聞かれたら答えられる自信がないからだ。

「美味しいものを食べる為」とかは答えになっていない。

それは主観が100%であり、人間の生存の理由にはならない。

 

 

 

これは裏返せば、「人は死んでもいい。生きる意味なんてないのだから」ということになりかねない。

 

 

 

 

けれど、夢の中の僕は仲間の死に狂うように泣き崩れ、悲しみ、女性の心無い言葉に憤りを感じたのだ。

 

 

 

 

普段は「人生に生きる意味なんて存在しない」と考えていたくせに、泣き崩れているから、きっとあの女性はその行動の矛盾に対して問いかけていたのだろうと思う。

 

 

 

 

『べつに大したことじゃないわよ。あなたにとってはね』

 

 

 

 

 

いや違う。大したことなんだ。人が死ぬと悲しいんだ。当たり前だけど、物凄く悲しいのだ。

 

 

 

いくら、頭の中で哲学的な死生観を練り上げても現実の死に直面したら、あり得ない程悔しくて悲しいのだ。

 

 

 

 

現代では映画やドラマや漫画、小説、ゲームの中で簡単に人が死ぬ。

 

 

無双シリーズでは雑魚兵士に「なんでお前瞬殺されるのに立ち向かうの?逃げろや!」と思いつつ一騎当千していた節がある。

 

 

 

 

 

あまりにも『フィクションの死』が身近にあるのだ。

 

 

 

 

僕は昨晩の夢から、『死』というものは紛れもなく『大事件』であり『恐ろしいこと』であると思い知らされた。

 

 

 

 

 

 

しかし、僕が見たのは夢の中の出来事であり、それは紛れもなくフィクションである。

 

 

 

 

 

それでも恐ろしい。恐ろしい夢を見た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

すね毛を剃りたい。