『自己啓発書は面白い』でサブカル!

割と自己啓発書の類いを軽んじ、それを読む人間も軽んじていた節があった。

 

 

 

しかし、思いの外悩んでいる時は書店にて手が伸びるのは自己啓発書である。

 

 

 

精神的に参ってると、どうも誰かが辿り着いた真理に縋りたいという気持ちが強くなる。

 

 

 

 

心身共に健康な時は自己啓発書を軽んじる傾向が強い。

 

 

 

 

『所詮、他人が行き着いた考えだろう。全ての人間に当てはまるものではない。自己啓発書など読まずに、自身が考えたことをノートにまとめた方が役に立つはずだ』

 

 

 

 

そう考えていた。今でもその節はあるが、まだまだ若輩者故に何かに頼らなければ考えが滞るのだ。

 

 

 

 

経験浅く未熟な自分は他者の考えがまとめられたものを読み、そこから取捨選択して共感したり馬鹿にしたりすればいいのだろう。

 

 

 

 

 

そのため、とりわけ最近は自己啓発書の類いを読むことが多い。

 

 

 

 

 

ああそういう考えもあるのかと単純に納得することばかりだ。まだまだ自身の軸がない証拠だろう。

 

 

 

 

後10年、20年と経ち、軸が確立してきた時に自己啓発書の類いはスッと染み込んでいくものなのだろうか。

 

 

 

少なくとも現在はそうした本を欲している。

 

 

 

 

しかし、そうした類いのものを読み漁るのもどうかと感じる。

 

 

 

 

何冊か読んで共感したものをノートにまとめて、自分だけの自己啓発書を作るのは面白いかもしれない。

 

 

 

また、よくあるのはA書に書かれている反対意見がB書に書かれていることだ。

 

 

 

これは自己啓発書というものが、所詮著者の経験から紡ぎ出されたものに過ぎないということの証明だろう。

 

 

 

どうしても書いてあることが人生のあらゆる問題の正解に見えてしまう。

 

 

 

しかしおそらく正解はなく、逆に全てが正解とも言えるのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

なにインテリ気取ってんだよクソが!お前に何ができるっていうんだ!!

 

 

 

 

クソして寝てろ!!